やらないでいたこと、できなかったことは、勇気を出して挑戦することにした
できなかったことは取り戻せばいい。これは、自分取り戻しのプロセスで欠かせないポイントです。
資格に挑戦しました。児童発達支援の世界に飛び込みました。ネットで講話配信を始めました。今では、自分の人生に欠かせないものになっています。カウンセリングルームの運営は、以前より自由にできるようになりました。
本を出版しました。キンドルは、自分で自由に出版することができます。電子書籍とペーパーバックの両方を出すことが可能です。キンドルは書店の販路に乗せてもらえないハンディはあります。反面、ネット検索でだれにでも見てもらえるメリットもあります。それほど売れるわけではありませんが、自由に出版できるのは本当にありがたいことです。
運転が好きだったこともあって、運転士に挑戦。地元のバス会社に採用していただき、しばらく路線バスを担当しました。社会を知り、そのことで自分を意識する良い機会になりました。
ここで大切なことが一つあります。やり残したことをやろうとするとき、それは自分が本当にやりたいことなのかという問題です。本当にやりたいことでなければ意味がありません。有意義だからとか、ためになるからやると考えていることは、心底やりたいものでない可能性があります。
仕事の環境が変わり、自分が本当に何をしたかったのか。自分の強みは何かについて、自分を見つめ直す時間を取ることができました。自分の個性に関する解像度が上がった感覚があります。
主体意識を持てないことはやらされてしまわないように注意した
日常の小さなことから、人任せではいけないという意識を持つように心がけました。レストランに行って、「おなじもの」みたいに、ただ合わせてしまうこともやらないようにしました。
仕事は、頼まれると断らない、断れない。そのようなことをずっとやって来ました。どこかに自分が評価されなくなるのではないかという意識があったからではないかと分析しています。
前の項目で述べたように、それまでできなかったことに挑戦しました。どれも貴重な経験でした。最初、どの現場も勇んで入って行きました。自分にも出来るはずだという意識がありました。しかし、途中から心が重くなってくることがありました。なぜかを考えました。主体意識を持ちにくいことは心理的負担が大きくなるという現実でした。
社会は、雇用・被雇用の関係で動いています。自分が主体になって動くことが少なくても、それで心理的負担を感じないのであれば問題ありません。自分の場合について言えば、主体意識を持てないことは、意味なく続けるべきではないと考えています。
どのような選択をするにしても、主体性を失わないことが大切です。主体性を失えば、「本当の自分」は再び「自分の中の他人」になってしまいます。曇り空に鉛が覆い被さるようなうつ状態が再び襲ってきます。元の木阿弥です。
続く


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