自分はもともと、はっちゃけた、ユーモアが好きな男の子だったというイメージがあります。しかし、虐めを体験したことで無防備に自分を出すことをしなくなりました。それ以来、スキゾイド的な生き方をするようになりました(注・スキゾイドとは、自分の思索や感情を自分の内側に向けて深く思考するタイプのことです)。それが逆に功を奏したのか、きちんと考え、消化し、判断する、慎重な生き方を身につけました。
その慎重な生き方は、記憶の彼方にあるはっちゃけた自分のイメージと重なりません。しかし最近では、自分はどちらの面もあるかもしれないし、両方あってもいいと思うようになってきています。
考えることは、自分の強みになりました。今思えば、その強みを活かし、自分が経験したことを、神学的な角度と人間学的な角度の両方から解明しようと考えました。どちらか一方だけでは、答えは出ない気がしたからです。
実はこれには、人間臭い事情もあります。
神学の世界だけで議論すれば、自分のほうが神学的には上だとマウントを取ってくる人が必ずいます。「あの時代の神学で、同じことはすでに論じられている」とか、「あの神学者の神学ではこのような説明ができる」など、みごとなまでに、スッと自分を教える立ち位置に置き、わかった風な言い方をして丸め込んで来ます。そうすると、水掛け論になります。神学が違うという言い方で攻撃されることも予測できます。
水掛け論を何度繰り返していても意味がないので、少し土俵をずらし、学術的に解明することが欠かせないと考えるようになりました。この考えは最後までぶれませんでした。今もぶれていません。自分の人生観になりました。
アウトプットしてみた
牧師は、基本教典である聖書から講話をするのが仕事の一つです。挫折体験を経て、自分で聖書を読んでお話しすることを繰り返しました、あえて、それまで教えられて来た教義に縛られないことを意識しました。
もう一つは、人材育成の部署にいたこと、大学や神学校で教える仕事をいただいたことで、自分の体験をふまえて、大切だと思ってきたことを人に伝える機会が与えられました。講義を担当するためには、ノートを作る必要があります。
勉強はインプットだけでは効果が上がりません。アウトプットできる環境はとても意味があります。
自分の人生の棚卸しを自分で何度かやった
原家族と親の価値観がどのようなものなのか。負の面を含めて評価するように努めました。一回だけではありません。いったん団体と物理的距離を取るようにしてみたこと、若い頃に旅をした場所に行ってしばらくの時間を過ごしたこと、そして本書の執筆も大きな区切りでした。
主体的に考えるようにし、思考停止に陥らないように気をつけた
そもそも思考が他者依存でした。子どもの頃は、親が自分の思考の代理をしていました。宗教のコンテクストでは、牧師が自分の思考の代理になっていました。専門職を志してからは、有名な神学者、団体の創始者、先輩の専門職が、神学する自分の代理になっていました。無自覚・無批判に受け入れてきました。神学教育も、「これが正しいことだから、受け入れるように」という教育でした。
あらゆることを自分で考えるように切り替えました。親が言ったから正しいのではない。牧師が言ったから正しいのではない。有名な神学者が言ったから正しいのではない。とにかくそこから始めました。
続く


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