教会二世は、自分意識のない親に傷つけられた体験がありながら、自分自身も自分意識を正しく持てていないことが少なくありません。
自分取り戻しカウンセリングが目ざすのは、自分意識の獲得、あるいは再認識です。教会二世が自分意識を獲得、あるいは取り戻そうとすると、何に傷ついたのかに向き合わなければならなくなります(「図 いやしの深層ポイント」参照)。

これは痛みを伴うプロセスです。カウンセラーは、徹底して肯定的に、温かく寄り添って行きます。決して責めてはいけません。欠けを指摘してはいけません。必ずしもいっしょにやる必要はありません。自分でそのような時を持つように提案し、次回までの宿題にすることもできます。
自分でこのプロセスを試してみました。詳細は第九章で述べたとおりです。バラバラな感情反応に不安を感じていたのが、「自分はこのような人間だ」という感覚が少しよみがえってきた感触を味わいました。
自分の過去が統合されるプロセス
そのプロセスを具体的に説明すると、次のようになります。「図 説明できる『何か』を探るイメージ図」をご覧ください。

静かで安全な環境は必須です。安心できる時と空間の中で、自分の記憶に向きあって行きます。急がず、心が背伸びせず、自分の気持ちに偽らず、どこまでも自然体で反応できるように、ゆっくり時間をとります。
自分で振り返りができればそれでかまわないのですが、呼び覚まされる記憶があまりに辛く、自己崩壊を起こしてしまう可能性もあります。不安になる場合は、決して無理をしてはいけません。
1 自分が不安に感じた、違和感を抱いた場面をいくつか挙げてみます。「どうして自分は、あの時、あの場面で、あのような感情反応をしたのだろう」と感じる場面です。似た場面が並ぶこともあれば、一見共通点が感じられない出来事が並ぶこともあります。共通点が感じられない出来事は、自分を混乱させます。またあの感情が出てきたらどうしようという不安と恐怖に怯えながら生きてきたことに気づくこともあります。
2 そのいくつかの場面について、そこで感じた感情がどこから来ているのかを考えてみます。根っこにある共通の出来事や体験を探して行くプロセスです。思い出されることは、必ずしも一つではありません。いくつか複数の場面が思い起こされることもあります。
この出来事があったから、自分はあの場面であのような感情反応があったと説明できる「何か」に行き着いたら、次の段階に進みます。
3 その場面をイメージします。次に、イメージしたその場面で、屈辱を感じ、萎縮している自分の姿と、そのときの自分の気持ちをイメージします。そのときの自分の気持ちに今の自分の気持ちを添わせ、同じ感情を味わって行きます。
萎縮している自分に自分で声をかけます。
「辛かったね。頑張ったね。精いっぱいだったよね」
精いっぱいだったのです。自分に悪いところなどなかったのです。一ミリもなかったのです。
ところで、クライエントの中には、自分も悪かったと言う言い方をする方があります。「あのときああすれば、こうはならなかった」と。
これは、インストールされた罪責感です。感じる必要のない、間違った罪責感です。自分も悪いと思わせる針が仕込まれ、それに気づかないまま長い間生きてきたために、このような受け止めになってしまうのです。心の傷を負わされて、負わされた側が悪いわけがありません。「罪責」がないにもかかわらず感じてしまう「感」です。
そのときにはもう一回、萎縮している自分に、自分で声をかけます。
「○○(自分の名前)さん。あなたに悪いところなんて一つもなかったよ。あの場面では精いっぱいだったよね。他の可能性はなかったよね。避けられなかったよね」
萎縮している自分に温かい目線を送ります。温かさで包み込むようにします。ここで、萎縮している自分が温かいもので包まれていることをイメージできることもあります。自分の心に温かいものがよみがえってくることもあります。
ゆっくりでかまいません。心ゆくまで、自分を温かい目線で包み続けます。
このようなプロセスを経て、過去の体験に引っ張られるように転移を起こして自分を混乱させてきた葛藤は、少しずつ終息に向かいます。一回では不十分かもしれません。そのときには、しばらく時をおいて、もう一度やってみます。速効的で劇的な変化を期待せず、自分の心と記憶をゆっくり緩めて行きます。
自分意識が少しずつ獲得され、自分の感情や転移に振り回されない、あるいは影響を受けても、振り回されるまでは行かない状態を少しずつ味わうことができます。
すでに自分意識を持っている場合は、自分意識の解像度が上がったことに気づきます。
続く

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