宗教二世、教会二世 これって本当? 論理の飛躍はないの?

宗教二世/教会二世

ここまで、内部者の証言、教会二世の現状、いくつかの事例、宗教が抱えやすい問題点、親子の問題解決の糸口、内部者の取り組みと回復について述べてきました。

自分取り戻しカウンセリングにお話しを進める前に、いくつか付け加えます。

ここまでお読みいただいて、いろいろな受け止めがあると思います。宗教二世の話かと思ったら、突然、教会二世などという話しになって、ご不快に思われた方もあったかもしれません。筆者の肩書きの一つが牧師であることを見て、複雑な気持ちになった方もあるかもしれません。

いろいろな受け止めが考えられます。

1 このような現象があることは百歩譲って認めたとして、あまりに一般化し過ぎていないか。あたかも百のうちの一つを取り上げて、それが全体であるかのように語っているのではないか。そもそもデータを取ったのか。

2 内部者の証言を読めばたしかにそのようなことがあったかもしれない。しかしそれは、特殊な例であって、他の家庭に当てはまるとは到底思えない。一つのケースを普遍化するのは飛躍している。

3 少なくとも自分の身のまわりには、このような話しは聞かない。事実、我が家の子も、忠実に信仰に進んでいる。

4 自分が信頼してきた宗教が、このような形で貶められることがあまりに悲しい。一部事実であったとしても、もう少し表現の仕方があってもよいのではないか。

5 正直、腹が立った。筆者もキリスト者、ましてや牧師ならば、教会を擁護する立ち位置を取るべきではないか。

6 キリスト教は親を敬うように言われているが、内部者の証言を読んで、とても親を敬っているとは思えない。親を尊敬できるようになることこそキリスト教のゴールではないか。本書が何かすばらしいものを提供しようとしているのであれば、整合性が取れないのではないか。

7 どれだけ親が酷くても、それでも子どもは親を大切にするのが人の道ではないか。このようなことを書けば、子どもにお墨付きを与えることになり、子どもはますます親を足蹴にするのではないか。子どもに反抗することを促しているようにも読めて、とても受け入れられない。

ご自分が心の傷を負われた経験がある方は、このような受け止めをされるかもしれません。

8 このような形で提示することは、一つひとつの事例を矮小化していることになる。自分が負った心の傷が軽く扱われている感じがして、受け入れられない。

いずれも読者の皆さまが生きてこられた重さから出てくるコメントだと思います。戸惑い、悲しみ、怒りなど、いろいろな受け止めがあるのは当然のことです。筆者自身、自らを省みなければならない点があることも承知しています。

実際、何割くらいの家庭でこのような問題が発生しているのか、どれくらい普遍的なのかはわかりません。しかし、このような問題が一定数存在していることは紛れもない事実で、教会がこの問題に向き合って来なかったのも事実です。

家族の事実は、親がどのような養育をしているかではなく、子どもがそれをどのように受け止めたかです。生きにくさを感じている子がいるなら、その現実を直視してみることで見えてくるものがあるはずです。そしてそれは、宗教をよりすばらしいものにする助けになるはずです。

宗教は本来、自分の事実に向きあうことを促すものです。キリスト教の場合はその線を明確にしています。しかし皮肉なことに、宗教は自分と自分の家族の事実を見ないで済む装置になってきました。だからこそ、勇気を出してこの問題に向きたいたいと考えました。

感想を持たれた読者の皆さまは、いろいろな見識をお持ちだからこその感想だと拝察いたします。本書で提示する問題提起とご自分の感想をブレンドし、より良いものを生みだして行く流れに加わっていただければ幸いです。

この段階で、先ほどの受け止め方一つひとつにお答えするのは簡単ではありません。全部をお読みいただいた時点で、さらに議論を深めてください。

続く

河村従彦

臨床心理士/牧師
カワムラカウンセリングルーム運営
KCPSコンソーシアム(牧会・心理職研修会)主宰
牧師人材育成、大学非常勤講師、ボランティアカウンセラー養成、出版、児童発達支援、職員コンサルにも従事、企業の総務にも関わる
東京、神奈川、静岡で教会を牧会
臨床心理学とキリスト教の両方に関わる領域に関心
「神イメージ理論」はライフワーク 博士(人間科学)
若い頃のアイデンティティ崩壊、人生後半にメンタルバランスを崩した経験から、人のお役に立ちたいと願って臨床を続けている

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