自分で自分を裏切った子どもは、自分の中で他人になった「本当の自分」を恐れ、いつしかそれを嫌悪するようになります。「本当の自分が」感じている豊かな感情はよくないものとして嫌悪され、排除されます。
嫌悪の対象は自分だけではありません。他の人の中にいきいきとした心の動きがあると、それも嫌悪の対象になります。これが、自分を律する傾向のある人が、他人を嫌悪する心理的メカニズムです。「本当の自分」を心の中で封印していると、人を嫌悪するようになるのです。
もう一つ問題があります。「本当の自分」を嫌悪していると、自分の痛みも他人の痛みも感じなくなります。宗教環境の中で人格形成をした人が、他人の気持ちや痛みを感じることができなくなり、人に対して残忍になってしまう現象も、この説明で納得が行きます。
ハラスメント対応に携わりました。事案が明るみに出そうになると、激しく抵抗するケースがあります。安冨らの理論で考えてみます。
「本当の自分」を「自分の中の他人」にすると、感覚が麻痺します。感覚を麻痺させた人は、ハラスメントをすることに躊躇も罪責感も感じなくなります。宗教が絡む場合は、自分の信じている教義は正しいという大義を動員します。
「本当の自分」が目覚め、まっとうな感覚が戻ってしまったら、自分がしたことが間違っていたことを認めなければならなくなります。「本当の自分」を「自分の中の他人」にしておいたほうがよいのです。ハラスメント事案が明るみに出ることに抵抗するのは、心理的欺瞞が暴かれることに恐怖を覚えているだめです。 自分の痛みも他人の痛みも感じなくなったら、専門職が信徒にハラスメントをすることはいともたやすいことです。はたから見ていてそこまでやるかと感じる行動も、「本当の自分」を麻痺させれば可能です。加害側は、何も感じていないのです。
続く

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