宗教二世、教会二世 自分取り戻しカウンセリングはこんな風にして入ります

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クライエントはみなオリジナルな存在であり、経験したこともオリジナルです。これが公式だと言えるものはありません。公式を作り上げることもあまり意味がありません。しかし、臨床を重ねて行くと、だいたいこのように考えればよいのではないかと思える線が見えてきます。

1 自分で感じることができなかったことを認識する

感じることが許されなかった、自分の考えを表出することが許されなかった、自分で判断することが許されなかった。このことを認識することから始めます。

クライエントが自分で気づくのです。自分で認識するのです。カウンセラーが示唆して認識させるのではありません。カウンセラーが認めさせると、それだけで心の傷を負うことになります。二次被害です。

一つハードルがあります。自分で感じることへの恐怖です。カミの思し召しがあると信じてきたため、天罰を受けるのではないかという恐怖心が出てくるのです。このことを受け入れるのは簡単ではありません。それでも、確実に最初の一歩になります。

2 何をしたいのかを探って行く

「今、何をしたいですか」とお尋ねすると、「……」、しばらくの沈黙のあと、「わかりません」と言われる方が少なくありません。「本当の自分」を「自分の中の他人」にして、感じるセンサーのスイッチを切ってから長い時間が経過しているので、無理もありません。わからないときは無理に探るようなことはせず、とりあえず保留します。

3 感情を肯定して行く

宗教に関わっている人は、肯定感情を認めることはできても、否定感情があることを認めていません。言い換えると、長い間、感情を抑圧しています。

怒りを感じることは、人間の角度から考えると意味があります。一人の人間としても一人のキリスト者としても、怒ることはおかしいことではなく、怒りたいときは怒っていいと、正直な気持ちをサポートして行きます。

4 本音を感じていい、言ってもいいことを確認する

先の1から3に時間をとりながら、少しずつ本音に気づいて行けるようサポートします。信頼関係、いわゆるラポールが構築されていないと本音を表出することはないので、一定の時間がかかります。

本音を感じることができることこそ宗教のはずです。しかし、宗教は、本音を隠す方向に作用します。クライエントは本音に気づくことに恐怖を感じます。本音は長いこと隠されてきたからです。温かく見守りながら、クライエントが本音を開示できるように支えて行きます。ここで、決して操作的になってはいけません。自然に、が鉄則です。

5 セッションを重ねる中で、虐待を受けた経験にフォーカスすることがある

明らかに虐待だったケースがあります。自分がされてきたことが虐待だったと思っていないケースもあります。虐待だったという認識に至っても、そのことを認めるのは簡単ではありません。宗教に関することは全部正しいと決めてしまっているからです。

虐待だと認めることができたら、少しずつ、慎重に、いっしょにその体験に向き合います。あくまで慎重に、です。

6 団体や原家族について、客観的評価をする

自分が受けた子育てが間違っていたら、間違っていたとラベルを貼ります。あいまいにせずに、きちんとバツをつけます。

このプロセスはかなり勇気が必要です。気持ち的に受け入れられず、抵抗することも少なくありません。その場合は無理せず、ゆっくりと、いっしょにこのプロセスを歩んで行きます。

宗教が背景にあると、親に負のラベルを貼るのはハードルが高い作業です。宗教は親を敬うことを是としているからです。

無批判に宗教を受け入れてしまっている場合があります。その宗教に対して、負のラベルを貼って修正することは簡単ではありません。

修正することで見えてくる肯定的な面があります。負のことだけに集中するのではなく、クライエントが肯定的な面に気づいたら、見逃さず、「本当にすばらしいこともありましたよね」とその気持ちをサポートして行きます。

長い間、自分の宗教について肯定的なとらえかたをしたいという思いで生きてきたため、その重いが事実に向き合う妨げになります。大切なのは事実です。事実が何だったのかをいっしょに確認して行きます。

7 教義が、人間の心理や人格形成にどのような影響を与えたかを考えて行く

宗教の中心には、神学や教義があります。教義の受け止め方が歪んでいる場合が少なくありません。その場合は、修正します。ただし、こちらが教えてあげる構図はなるべく避けます。いっしょに考えて行くのが基本です。

たとえば、「人間は頑張らなければ価値がない」、「人間は品行方正でなければ生きる意味がない」、「~したらカミからの祝福を受けることができる」などです。人間はありのままで受け入れてもらう権利があることを確認します。

教義の修正はかなり厄介です。おそらく一番厄介なのはカミのイメージです。閻魔様のようなイメージを内在化させているクライエントは少なくありません。基本教典である聖書のカミのイメージについてリビューすることもあります。

続く

河村従彦

臨床心理士/牧師
カワムラカウンセリングルーム運営
KCPSコンソーシアム(牧会・心理職研修会)主宰
牧師人材育成、大学非常勤講師、ボランティアカウンセラー養成、出版、児童発達支援、職員コンサルにも従事、企業の総務にも関わる
東京、神奈川、静岡で教会を牧会
臨床心理学とキリスト教の両方に関わる領域に関心
「神イメージ理論」はライフワーク 博士(人間科学)
若い頃のアイデンティティ崩壊、人生後半にメンタルバランスを崩した経験から、人のお役に立ちたいと願って臨床を続けている

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