宗教2世、教会2世 罪責感にはもう縛られなくていい あたなの人生なのだから一歩踏みだしてみよう

宗教二世/教会二世

自分取り戻しカウンセリングにお話しを戻します。

8 罪責感にコントロールされてきたことに気づく

罪責感については本書の中で何度も触れてきましたが、あらためてここでまとめておきます。

団体や原家族を客観的に見ることができるようになるプロセスと並行して、一つ乗り越えなければならない壁があります。罪責感です。

罪責感は、親や加害側によって知らない間にインストールされたもので、脳内に回路が埋め込まれてしまっている状態です。罪責感を感じるのがデフォルトになってしまっています。それが異常な状態だということに気づいていません。

一度罪責感を感じ始めると、罪責感の暴走は止まらなくなります。自分を責め続け、自己免疫が自分を破壊してしまう状態に陥ります。

罪責感は「罪責」があって「感じる」はずのものですが、人格的に支配されるプロセスで罪責感の回路がインストールされると、「罪責」の事実がないことまで罪責感を感じるようになります。どう考えても自分の責任でないことについて、自分を責めてしまいます。

罪責感のほとんどは幻影です。それにもかかわらず、幻影に怯えながら生きてきた方は少なくありません。

自分が感じている罪責感は幻影で、感じる必要がなかったことに気づくと、何かが動き始めます。回復への大切な一歩になります。

9 これらのプロセスと並行して、感情に焦点を当てる

感情が動き始めたら、負のラベルを貼ったものについてどのような気持ちかを確認して行きます。自分を苦しめた対象に対して、激しい怒りが表出されることもあります。怒りを感じ始めることは、回復への一歩です。

ここでもキリスト者は怒ってはならないという価値観は間違いであることを確認します。怒りは基本感情の一つであり、人間の大切な機能です。

10 価値ある尊い存在であることについて考えて行く

自己イメージが毀損され、自己存在の無価値感を抱いているケースがほとんどです。その無価値感は否定してはいけません。徹底して共感して行きます。共感するやりとりの中で見えてくることがあります。外見、行動ではなく、その人の存在そのものへの目線です。

11 自分の人生を自分の足で歩いてみる

小さな一歩ですが、決定的な一歩です。最初の一歩を踏みだしたら、主体意識を感じることができるようにサポートして行きます。本当のところ何がしたいのかを探って行きます。

初期の段階では何も感じなかったのが、何かを感じ始めます。何かを感じていることがわかったら、そのことを丁寧にとりあげて、肯定して行きます。

少しずつ感情機能が戻って来ます。団体や親、そして自分をある程度客観的に見ることができるようになれば、一区切りです。

続く

河村従彦

臨床心理士/牧師
カワムラカウンセリングルーム運営
KCPSコンソーシアム(牧会・心理職研修会)主宰
牧師人材育成、大学非常勤講師、ボランティアカウンセラー養成、出版、児童発達支援、職員コンサルにも従事、企業の総務にも関わる
東京、神奈川、静岡で教会を牧会
臨床心理学とキリスト教の両方に関わる領域に関心
「神イメージ理論」はライフワーク 博士(人間科学)
若い頃のアイデンティティ崩壊、人生後半にメンタルバランスを崩した経験から、人のお役に立ちたいと願って臨床を続けている

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